【番外編】 硫酸ネオジムアンモニウムの合成について
「身近な物で色が変わる結晶を作る」というタイトルで硫酸ネオジムアンモニウムを
合成する方法と一般人向けの解説を紹介しました。
この記事では「身近な物で色が変わる結晶を作る」に関して補足情報や
問題点、著者の考察について書いていきます。
前編と後編は化学をしていない人でも解るように書きましたが、
この記事では高校化学+α(大学化学の初歩レベル)の内容を学んでいる人向けに
書かして頂きます。ただし、著者がポンコツなので知性や学を感じ無い内容に
なっていると思うのでそこはご承知おきください。
得られた結晶の組成について
この実験において最も重要な事なのにも関わらず、最終的に得られた結晶の組成は
不明です。しかし、得られた結晶のIRスペクトル測定は行っており、
Na₂SO₄無水物及び(NH₄)₂SO₄のIRスペクトルから考慮して結晶中にはNH₄⁺とSO₄²⁻が
含まれていることを確認しました(Figure 1)。
また、得られた結晶は太陽光でピンク色、(種類にもよるが)室内灯で黄緑色に
変化するためネオジム磁石からNd³⁺を取り出せている事になります。
これらの事を考慮すると得られた結晶はほぼ硫酸ネオジムと硫酸アンモニウムの
複塩であるといえます。
得られた結晶の組成を知るためにはどうすればよいのか
硫酸ネオジムアンモニウムの水和物は(組成が単純なこともあり)結晶データベースに登録されている物質です。そのため、シミュレーションパターンや格子定数と得られた結晶のXRD測定結果を比較すればすぐに同定することができます。
その他に元素分析を行う方法もありますがどちらにせよ、外部の研究機関で
分析をして頂く必要があり、測定に料金(特に元素分析の料金は高い)がかかることや
手続きが面倒なこともあって何もできていないのが現状です。
もしも、個人で組成を特定するなら古典的な重量分析を行う方法が挙げられます。
硫酸ネオジムアンモニウムを構成するイオン及び結晶水は下記の方法で
定量することになります。
Nd³⁺:水酸化物沈殿を経て酸化物の重量から定量orシュウ酸塩にして定量。
NH₄⁺:結晶の重量からNd³⁺とSO₄²⁻、結晶水の重量を引く
SO₄²⁻:CaSO₄として回収し、その重量から
結晶水:加熱による重量損失から(温度に注意しないと分解によってNH₃が
生成してその分の重量が減ってしまう)
ネオジム磁石にはNdと同じくランタノイドであるDyが含まれています。
ランタノイドは基本的に化学的性質が似ているので得られた結晶中にはDy³⁺が
含まれていると考えられます。
けれども、ランタノイドの硫酸塩の溶解度はLaからEuにかけて減少傾向にあるものの、
それ以降は原子番号が増加するにしたがって溶解度が増加する傾向があります。
(この傾向を利用することで複数のランタノイドが混ざった溶液から原子番号の
小さいランタノイド(軽希土)と原子番号の大きいランタノイド(重希土)を大まかに
分離することができる)。
つまり、(得られた物はNH₄⁺複塩ではあるものの)硫酸Ndと硫酸Dyの溶解度を
比較すると硫酸ジスプロシウムの方が大きいことになります。
そのため、得られた結晶中にDy³⁺は含まれているものの、重量分析では問題無い
量であると考えられます。
「方法を書くなら実行しろ」という意見が出ると思いますが、純度の良い沈殿材の
準備など問題点があるため残念ながら何も手を付けてはいません。
結晶にヒビが入る現象
この実験において、得られた結晶にはヒビのようなものが入っています。
溶液から取り出して乾燥させた結晶が風解によってヒビが入ることはあります。
しかし、この実験で析出した結晶は溶液中にある時点でヒビが入っています。
析出したばかりの小さな結晶ではヒビが見られないようですが、
結晶が成長するとヒビが見えてくることから、以下の二つが原因ではないかと
考えています。但し、二つの説は根拠となるようなものは何もないため
あくまでも著者の想像になります。
【①多結晶】
析出した結晶は一つのように見えるが、実は複数の結晶でそれぞれが
成長するためにヒビが入ってしまう。
【②多形or擬多形への変化】
析出した結晶は準安定状態であり、徐々により安定な多形や擬多形に
変化するためヒビが入ってしまう。
ネオジム磁石には樹脂?の被膜が施されている
ネオジム磁石は防錆などを兼ねてニッケルの被膜(メッキ)が施されています。
この実験において、溶解スピードの差などからニッケルの被膜は溶け残ります。
溶け残ったニッケルをニッケル塩の原料に使えないかと思い、取って置いた
ニッケルの被膜を塩酸を含むトイレ用洗剤に沈めたところ、短時間で溶解しました。
しかし、その溶液は澄んだなく海苔の味噌汁ような黒いヒラヒラとしたものが
沢山ありました。
普通なら、ろ過で黒いヒラヒラを取り除けばよいのですが元々の溶液の量が少なく、
損失や後の濃縮をする必要があるため、一般的なろ過を行うことはできませんでした。
こういう場合、(著者なら)遠心分離やシリンジフィルターを行うのですが、
前者は所有して無く、後者は所有しているものの少し高価でケチってしまい
使いませんでした。
この黒いヒラヒラ何のかは不明ですが恐らく防錆のための樹脂のような
ものではないかと考えられます。
念のため、強力な磁石で吸い寄せられるか試したところ吸い寄せられませんでした。
また、トイレ用洗剤を含んでいる状態ですがジクロロメタンを加えて
軽く振り混ぜたりもしましたが黒いヒラヒラは溶解しませんでした。
そもそも、Niはメッキとして使われているためNd磁石1個当たりから
得られるNiの量は非常に少なく、利用するメリットは小さい。
結晶が茶色い
紹介した方法で得られた結晶と、回収した結晶を2~3回再結晶して得られた結晶を
比較すると前者の方がごく僅かに黄~茶色がかって見えます。
析出した結晶を回収する際に、結晶表面を濯いで洗浄をしていますが、
それだけでは落としきれなかったり、結晶内部に取り込まれている可能性が
考えられます。
当初、これはDy³⁺を含むためだと考えていました(硫酸Dy8水和物が黄色のため)。
けれども、「得られた結晶の組成を知るためにはどうすればよいのか」で
書いたように結晶中に含まれているDy³⁺は少ないこと、Nd磁石中の
Dyは約5%であることを考慮すると、Dy³⁺が原因である可能性は低いことになります。