家でできる実験

身近な物を使って家でできる化学実験を紹介したり、化学の話をするブログです。

ライターの石からレアアースを分離する 後編(Syntheses Lhanthanum & Cerium Ammonium Sulfate at home Part 2 of 2)

 前編ではライターの発火石(火打ち石、フリント)からレアアース

分離する方法を紹介しました。

後編では実験の原理について解説していきます。

前編の冒頭に書きましたが、この実験の基本的なところはネオジム磁石から

硫酸ネオジムアンモニウムを作る実験を参考にしてます。

 

iedejikken.hatenablog.com

 

何故、発火石の表面を削るのか? (操作①)

 発火石は、鉄とレアアースに分類される複数の金属(主にセリウムとランタン)、

マグネシウムからできています。

発火石に使われている金属というのはライターの着火に使われるように、

火花が出やすい=(酸素と)反応しやすい金属が使用されています。

そのため、発火石をそのまま置いておくと、少しずつ錆びてしまうので、

これを防ぐために発火石の表面には塗装がされています。

 発火石の塗装には小さな隙間があるため、塗装を削らなくても

トイレ用洗剤に溶けることができます。

しかし、小さな隙間だけではトイレ用洗剤と触れる面積が小さいため、

溶けるまでにかかる時間が少し長くなってしまいます。

また、反応で生じたガス(水素)が塗装内の空洞に溜まると、

トイレ用洗剤に浮かんでしまい、発火石が溶けたかどうかの判断が

解りずらくなってしまいます。

そのため、発火石の塗装を2か所削るのは、トイレ用洗剤に触れる面積を

増やすのと同時に、生じたガスが溜まって浮くのを防ぐためです。

削る理由が上記の理由になりますが、率直なことを書いてしまうと、

発火石の表面を削らなくても一応、実験はうまくいきます。

 

発火石にトイレ用洗剤を加えると何が起きているのか? (操作④~⑦)

 今回、使用したトイレ用洗剤には塩酸が含まれています。

発火石で使用している金属は反応性が高いため、これらの金属は

塩酸と反応すると水素を発生しながら水溶性の物質(FeCl₂やLaCl₃、CeCl₃、

MgCl₂など)を生じます。

トイレ用洗剤の大部分は水であるため、生じた水溶性の物質は溶けていきます。

同時に、生じる水素は水にほぼ溶けないのでブクブクとトイレ用洗剤から

出て行ってしまいます。

 

【反応式】

Fe + 2HCl→FeCl₂ + H₂ (鉄 + 塩酸→塩化鉄(Ⅱ) + 水素)

2La + 6HCl→2LaCl₃ + 3H₂ (ランタン + 塩酸→塩化ランタン + 水素)

2Ce + 6HCl→2CeCl₃ + 3H₂ (セリウム + 塩酸→塩化セリウム(Ⅲ) + 水素)

Mg + 2HCl→MgCl₂ + H₂ (マグネシウム + 塩酸→塩化マグネシウム + 水素)

【補足1 塩酸について】

塩酸は塩化水素という物質を水に溶かしたものです。

そのため、「金属 + 塩酸→~」という書き方は本来は間違いであり

正しくは「金属 + 塩化水素→~」になります。

 

【補足2 元素記号と化学式について】

Fe:鉄, La:ランタン, Ce:セリウム, Mg:マグネシウム, HCl:塩化水素,

FeCl₂:塩化鉄(Ⅱ), LaCl₃:塩化ランタン, CeCl₃:塩化セリウム(Ⅲ),

MgCl₂:塩化マグネシウム, H₂:水素

 

【補足3 生じている物質について】

発火石中のレアアースは主にランタンとセリウムなのですが、

それ以外にPr(プラセオジム)やNd(ネオジム)といったレアアース

含まれています。

そのため、塩酸との反応でPrCl₃(塩化プラセオジム)やNdCl₃(塩化ネオジム)など

生じていますが、発火石中のレアアースの大部分はランタンとセリウムなので

省略しています。

 

発火石にトイレ用洗剤を加えた後の悪臭は何なのか? (操作④~⑦)

 スチールウールや鉄釘といった鉄製の物を塩酸や硫酸に溶かす際に

悪臭がする原因と同じだと考えられます。

スチールウールや鉄釘に使われている鉄には不純物として炭素やケイ素、

硫黄、リンが鉄と結びついた形で存在しています。

(機能性をあげるために加えられている場合もある)

そこに、塩酸や硫酸を加えると鉄と結びついていた不純物は炭化水素

シラン、硫化水素、ホスフィンといった悪臭のするガスが生じます。

これが、スチールウールや鉄釘などを塩酸や硫酸に溶かす際に

悪臭がする原因です。

 発火石を構成する金属に鉄が使われています。

この鉄に含まれていた不純物がトイレ用洗剤中の塩酸と

反応したことでスチールウールや鉄釘と同じように悪臭がする

ガスが発生したと考えられます。

 

残った黒い粉の正体は何なのか? (操作⑦)

 先に答えを書いてしまうと、黒い粉の正体は鉄です。

発火石を構成している金属はどれも反応しやすい金属です。

その中で、鉄を除いた金属は特に反応しやすい金属であるため、

鉄よりも早くトイレ用洗剤中の塩酸と反応していきます。

その結果、鉄(黒い粉)が溶け残ってしまうことになります。

 

硫酸アンモニウムを加えて生じる固体(沈殿)は何か? (操作⑧~⑩)

 発火石とトイレ用洗剤(塩酸)の反応で生じた水溶性物質は

+の電気を帯びたイオン(陽イオン)と-の電気を帯びたイオン(陰イオン)に

解れた(電離)状態で水に溶けています。

また、加えられた硫酸アンモニウムも水に溶けると電離しています。

 

【電離】

FeCl₂→Fe²⁺ + 2Cl⁻ (塩化鉄(Ⅱ)→鉄(Ⅱ)イオン + 塩化物イオン)

LaCl₃→La³⁺ + 3Cl⁻ (塩化ランタン→ランタンイオン + 塩化物イオン)

CeCl₃→Ce³⁺ + 3Cl⁻ (塩化セリウム(Ⅲ)→セリウム(Ⅲ)イオン + 塩化物イオン)

MgCl₂→Mg²⁺ + 2Cl⁻ (塩化マグネシウムマグネシウムイオン + 塩化物イオン)

(NH₄)₂SO₄→2NH₄⁺ + SO₄²⁻ (硫酸アンモニウムアンモニウムイオン + 硫酸イオン)

 

【補足4 イオン式について】

Fe²⁺:鉄(Ⅱ)イオン, Cl⁻:塩化物イオン, La³⁺:ランタンイオン,

Ce³⁺:セリウム(Ⅲ)イオン, Mg²⁺:マグネシウムイオン,

NH₄⁺:アンモニウムイオン, SO₄²⁻:硫酸イオン

 

 La³⁺やCe³⁺を含む水に電離するとSO₄²⁻を生じる物質を沢山加えると

La³⁺やCe³⁺とSO₄²⁻が結びついて硫酸ランタンと硫酸セリウム(Ⅲ)という

水に少し~やや溶けにくい物質が生じるため沈殿します。

厳密には元々SO₄²⁻と結びついていた陽イオンが取り込まれて沈殿します。

今回の実験でSO₄²⁻に元々ついていた陽イオンアンモニウムイオンであるため

生じた物質は硫酸ランタンアンモニウムと硫酸セリウム(Ⅲ)アンモニウムになります。

硫酸ランタンアンモニウムはランタン、硫酸セリウム(Ⅲ)アンモニウムには

セリウムが含まれており、ランタンとセリウムはともにランタノイドです。

そのため、今回の実験によってライターの石である発火石から

ランタノイド(ランタンとセリウム)を分離することができたことになります。

 

粉状沈殿が無くなって粒状結晶ができるのは何故か? (操作⑩~⑪)

 必ず起こるとは限りませんが、生じた粉状沈殿を置いておくと、

粉状の沈殿は消えて行って粒状結晶が生じることがあります(図1)。

f:id:iedejikken:20200519200944j:plain
f:id:iedejikken:20200519200946j:plain
f:id:iedejikken:20200519200951j:plain
図1 粉状沈殿から粒状結晶への変化

この現象が起こる条件と何が起こっているのかについては

現在まで特定には至ってはいません。

この現象については①沈殿の熟成、②安定な結晶への変化の

二つのどちらかが原因ではないかと考えています。

詳細はやや難しい内容のため、番外編に書いておきます。

この記事ではざっくりとした解説を書くと

【①沈殿の熟成】

沢山の小さい結晶を含む液体(今回だと水)を置いておくと

粉状沈殿は溶けていき、数の少ない大きい結晶がさらに大きくなる

という現象があります(目視でわかる程大きくなるとは限らない)。

もの凄く大雑把ですが上記の減少を沈殿の熟成(オストワルト熟成)と

呼びます。

今回、粉状沈殿が小さい結晶であったため、この現象が起きたと

考えています。

 

【②の安定な結晶への変化】

結晶というのは原子や、分子、イオンがある規則に従って周期的に

並んでいる固体のことです。

同じ物質でも周期的に並ぶ規則が異なることがあります。

その場合、同じ物質でも異なる結晶が生じることになります。

同じ物質でも結晶が異なるとエネルギー的に安定な結晶とやや不安定な結晶が

存在することになります。

そして、エネルギー的にやや不安定な結晶を置いておくと、

エネルギー的に安定な結晶に変化する事があります。

今回、粉状沈殿はエネルギー的にやや不安定な結晶で粒状結晶が

安定な結晶であったと考えています。

 

沈殿または結晶に水とトイレ用洗剤を混ぜたものをかけるのは何故か? (操作⑫)

 必要なのは硫酸ランタンアンモニウムと硫酸セリウム(Ⅲ)アンモニウムである

粉状沈殿または粒状結晶です。 

粉状沈殿と粒状結晶は固体であるためろ過をすることで、必要でない物質(不純物)を

含んでいる水と分離することができます。

けれども、粉状沈殿と粒状結晶の表面には不純物を含む水が

付いたままになっています。

そのため、不純物を含む水を取り除くために水とトイレ用洗剤を混ぜたものを

かけます。

この時、普通の水で洗浄すると粉状沈殿と粒状結晶が溶けて量が減るなど

別の問題が起こるのでトイレ用洗剤を加えています。