身近な物で色が変わる結晶を作る(硫酸ネオジムアンモニウムの合成) 後編(Syntheses Neodymium Ammonium Sulfate at home Part 2 of 2)
前編では色が変わる結晶の作り方について紹介しました。
後編では実験の原理についてQ&A形式で説明していきます。
解説
- 解説
何故、ネオジム磁石の表面を削るのか?(操作①)
結論から言うとネオジム磁石がトイレ用洗剤に溶けるまでの時間を
短縮するためです。何故、ネオジム磁石の表面を削った方がトイレ用洗剤に
溶けるまでの時間が短くなるかというと、ネオジム磁石は鉄、ネオジム、
ジスプロシウムという金属とホウ素という金属以外の物質からできています。
ネオジム磁石を構成する金属というのは錆びやすい金属であるため、
その表面はニッケルというそこそこ錆びにくい金属で覆われています。
ニッケルはトイレ用洗剤(塩酸)にゆっくりと溶けます。
そのため、ネオジム磁石の表面を削らなかった場合、ニッケルが溶けるのに
時間がかかってしまう分、削らなかった場合に比べて溶ける時間が
長くなってしまいます。
ネオジム磁石にトイレ用洗剤を加えると何が起きているのか?(操作④~⑥)
今回、使用したトイレ用洗剤には塩酸が含まれています。
ネオジム磁石に使用されている金属は錆びやすい、見方を変えると
他の物質と反応しやすい金属が使われています。
そのため、ネオジム磁石を構成する金属は塩酸と反応すると水素を発生しながら
水溶性の物質(FeCl₂やNdCl₃、DyCl₃)という物質が生じます。
トイレ用洗剤の大部分は水であるため、生じた水溶性の物質は溶けていくため、
結果、磁石が溶けていくことになります。
【反応式】
Fe + 2HCl→FeCl₂ + H₂ (鉄 + 塩酸→塩化鉄(Ⅱ) + 水素)
2Nd + 6HCl→2NdCl₃ + 3H₂ (ネオジム + 塩酸→塩化ネオジム + 水素)
2Dy + 6HCl→2DyCl₃ + 3H₂ (ジスプロシウム + 塩酸→塩化ジスプロシウム + 水素)
【補足1 塩酸について】
塩酸は塩化水素という物質を水に溶かしたものです。
そのため、「金属 + 塩酸→~」という書き方は本来は間違いであり
正しくは「金属 + 塩化水素→~」になります。
【補足2 元素記号と化学式について】
Fe:鉄, Nd:ネオジム, Dy:ジスプロシウム, HCl:塩化水素, H₂:水素
FeCl₂:塩化鉄(Ⅱ), NdCl₃:塩化ネオジム, DyCl₃:塩化ジスプロシウム
磁石が溶けた後に沈んでいる黒い粉は何か?(操作⑦)
結論から書くと、黒い粉の正体はホウ素です。
この内、金属は塩酸(トイレ用洗剤)で溶けてしまいますが、ホウ素は
塩酸と反応しません。また、ホウ素は水にも溶けないので沈んだ状態で
残ります。
黒い粉の正体はホウ素でしたが磁石が溶けた後に浮かんでいる
磁石の外側は、書くまでもないですがニッケルになります。
硫酸アンモニウムを加えてできる固体(沈殿)は何か?(操作⑧)
磁石が溶けた後のトイレ用洗剤中には反応で生じたFeCl₂やNdCl₃、DyCl₃が
水に溶けた状態になっています。これらの物質が水に溶けると
+の電気を帯びたイオンである陽イオンと-の電気を帯びたイオンである
陰イオンに分かれます。そして、ある物質が陽イオンと陰イオンに
分かれることを電離といいます。また、FeCl₂などと同じように
硫酸アンモニウムも水に溶けると電離します。
【電離】
FeCl₂→Fe²⁺ + 2Cl⁻ (塩化鉄(Ⅱ)→鉄(Ⅱ)イオン + 塩化物イオン)
NdCl₃→Nd³⁺ + 3Cl⁻ (塩化ネオジム→ネオジムイオン + 塩化物イオン)
DyCl₃→Dy³⁺ + 3Cl⁻ (塩化ジスプロシウム→ジスプロシウムイオン + 塩化物イオン)
(NH₄)₂SO₄→2NH₄⁺ + SO₄²⁻ (硫酸アンモニウム→アンモニウムイオン + 硫酸イオン)
【補足3 イオン式について】
Fe²⁺:鉄(Ⅱ)イオン, Cl⁻:塩化物イオン, Nd³⁺:ネオジムイオン,
Dy³⁺:ジスプロシウムイオン,NH₄⁺:アンモニウムイオン, SO₄²⁻:硫酸イオン
ここで軽くまとめると磁石が塩酸(トイレ用洗剤)と反応するとNdCl₃
という物質が生じます。そしてNdCl₃はトイレ用洗剤中の水に溶けて
Nd³⁺とCl⁻に電離しています。
Nd³⁺を含んでいる水に電離するとSO₄²⁻を生じる物質を(沢山)加えると
Nd³⁺とSO₄²⁻が結びついて硫酸ネオジムという水にやや溶けにくい
物質が生じるため沈殿が生じます。今回の実験では硫酸イオンを
生じる物質として硫酸アンモニウムを用いました。
厳密にはNd³⁺とSO₄²⁻が結びつく際には元々SO₄²⁻と結びついていた
陽イオンが取り込まれてしまうため、生じている沈殿は
【補足4 本当に沈殿している物質について】
水和物とは、ある物質の結晶の空間中に一定の割合で水(結晶水)が
含まれている物質のことを言います。
そして、肝心の化学式についてはNd³⁺とNH₄⁺、結晶水がどの割合なのか
解っていないため化学式は解っていません。
詳細は番外編で書きますが、(NH₄)₂SO₄・Nd₂(SO₄)₃・8H₂Oではないかと
考えています。
固体(沈殿)をトイレ用洗剤で濯いでから水に溶かすのか?(操作⑫~⑮)
今回、目的の物質(必要としている物質)は硫酸ネオジムアンモニムです。
生じた硫酸ネオジムアンモニムは粉状であり、不純物として磁石と塩酸の
反応で生じたFeCl₂や未反応の(NH₄)₂SO₄が含まれた状態になっています。
そのため、不純物を取り除くと同時に硫酸ネオジムアンモニムを粉から
綺麗な粒ぐらいの大きさの結晶にするために再結晶を行う必要があります。
再結晶の原理については硫酸アンモニウムの精製のページを参照してください。
結晶をトイレ用洗剤と水で濯ぐのは何故か?(操作⑰~⑱)
再結晶を行うと不純物は液体(水)に溶けたままになります。
結晶を取り出すと、結晶の表面は不純物が含まれている水が付いたままに
なってしまいます。同時に、この状態で乾燥させると水だけは蒸発して
結晶の表面に不純物が残留したままになってしまいます。
そのため、不純物が付いた水を取り除くためにトイレ用洗剤(塩酸)と
水で表面を洗浄する必要があります。
太陽と室内の光では結晶の色が違うのは何故か?(操作 2.①、2.②)
最初に、私たちが見ている物に色がついて見える理由について
植物の葉っぱを例に説明します。葉っぱが緑色に見えているのは
様々な色が混ざった太陽の光(白色)の中で赤や青色の光を吸収し、
残った緑色の光を反射しているからです。
どの色の光が吸収されると何色に見えるかは補色を
使うことでわかります。葉っぱの例で考えると赤色の補色は水色、
青色の補色は黄色なので葉っぱは水色と黄色が混じった色である緑色に
見えることになります。
硫酸ネオジムアンモニウムにはオジムイオン(Nd³⁺)が含まれており、
Nd³⁺は570~590nm(黄緑色)の光を吸収する性質があります。
黄緑色の補色は紫色であるため太陽の光は赤紫色よりも
太陽の光の下で紫色に見えます(図1 左)。
一方で、室内の明かりでは青~緑色に見えます。太陽の光は様々な色の
光が混じりあっていますが、室内の明かりも様々な色が混じりあっていますが
特に青色や緑、黄色の光が強いです。そのため、室内の明かり(種類によります)
では黄緑色の光を吸収すると青色や緑色の光が残るため硫酸ネオジムアンモニウムの
結晶は青~緑色に見えます(図1 右)。
【補足5 結晶が茶色い】
もし、結晶の色が太陽の光の下でも室内の明かりの下でも結晶が
茶色っぽい場合は不純物としてFe³⁺が含まれていることになります。
茶色が酷い場合はトイレ用洗剤を加えて弱い酸性にした水で再結晶を
することで茶色を減らすことができます。ただし、再結晶を行うと
その分の時間と労力が必要になりますし、得られる結晶の量が
減ってしまうデメリットがあります。